大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)1095号 判決 1975年8月27日

主文

原判決を破棄する。

本件各控訴を棄却する。

原審における訴訟費用のうち、証人三村博志、同高井修に支給した分を被告人辻本一雄の、証人北角一、同東上通雄に支給した分の二分の一ずつを各被告人の、負担とする。

理由

検察官の上告趣意第一点は、憲法二八条違反をいうが、その実質は単なる法令違反の主張であり、同第二点は、判例違反をいうが、所論引用の判例はいずれも事案を異にし本件に適切ではなく、同第三点は、単なる法令違反の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は、以下に述べる理由により、結局破棄を免れない。

本件公訴事実につき、第一審判決は、暴行、逮捕の事実を認定し、各行為はいずれも全法律秩序の精神から是認し得ず違法であり、弁護人の主張はすべて採用するに由なきものであるとして、各被告人を有罪としたのであるが、原判決は、第一審判決のなした各行為の存在を認めた事実認定及び構成要件上の評価には誤りはないけれども、各行為は、実質的に考察する場合その違法性の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪行為とはみなしがたく、罪とならない行為と認めるべきであるとし、第一審判決を破棄し、各被告人を無罪としたのである。

ところで、原判決が第一審の認定を維持した本件暴行、逮捕の事実関係の大要は、次のとおりである。

大阪府八尾市に所在する株式会社日本鉄工所の日本鉄工労働組合(以下本社組合という。)とこれから脱退した者を中心とする日本鉄工千葉工場労働組合(以下千葉組合という。)との間の紛争の過程で、昭和四〇年三月一日早朝千葉組合の書記長鈴木昭一が、先に本社組合が配付した「賃上要求貫徹のため全組合員の団結で分裂攻撃を打破ろう」と題する千葉組合非難のビラに対して千葉組合の言い分を記載した「皆さん千葉工場の私達の本当の気持をわかつて下さい」と題するビラを本社で従業員に配付しようとしたところ、一、当時本社組合の副組合長をしていた被告人辻本は、同日午前七時ころ、本社東門保安室前付近で、ビラを配付する鈴木に対し、右手で同人の左肩を掴んでこれを後方に引きのかせ、ひじで同人の胸部付近を一回突き、同七時二〇分ころ、右手で同人の胸部辺を二回突き、ビラ配付を断念してタクシーに乗車しようとする同人の手首を掴み、腕を組むようにして引つ張り、近くの組合事務所に連れ込み、同七時三〇分ころ、口実を設けて逃れ出てタクシーに乗り扉を閉めた同人に対し、廊を開け、右手で同人の左手首を握り左手でその胸の辺の着衣を掴んで車外に引つ張り出し、右腕で同人の左腕を抱えるようにして、再び同人を組合事務所に同行し、二、被告人辻本及び本社組合の書記長をしていた被告人岡崎は、鈴木の配付しようとしたビラの内容について取消文を書かせるため、一旦組合事務所から正門まで出て行つた鈴木を再び同事務所に連れ戻そうと考え、意思を相通じて、同日午後一時三〇分ころ、本社正門付近において、被告人らを振り切つて退去しようとする同人の前に立ちふさがり同人を中にはさんでそれぞれその両腕を抱え、正門付近から職員更衣室北側に至る約六〇メートルの構内通路を約一五分にわたり無理に連行したものである。

右の本件各行為は、法秩序全体の見地からこれをみるとき(昭和四三年(あ)第八三七号同四八年四月二五日大法廷判決・刑事二七巻三号四一八頁参照)、原判決の判示するその動機目的、具体的状況、その他諸般の事情を考慮に入れても、到底許容されるものとはいい難く、本件各行為が可罰的違法性を欠くとして各被告人に対し無罪を言い渡した原判断には法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものであることは明らかである。

よつて、刑訴法四一一条一号により原判決を全部破棄し、なお、第一審判決は当裁判所の判断と結論において一致しこれを維持すべきものであるから、同法四一三条但書、三九六条、一八一条一項本文により被告事件について主文のとおり判決する。

この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。

(小川信雄 岡原昌男 大塚喜一郎 吉田豊)

検察官の上告趣意

序説

一、公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は、「被告人両名は、八尾市久宝寺八八九番地に本社事務所および工場を、千葉県市原市に千葉工場をおく株式会社日本鉄工所(以下会社と略称)の従業員で、会社従業員の一部をもつて組織する日本鉄工労働組合(以下本社組合と略称)の組合員であり、被告人辻本一雄はその副執行委員長、被告人岡崎興二は書記長であるが、右千葉工場に勤務する組合員一〇名はかねてから組合執行部に不信感を抱き、昭和四〇年二月二四日から同月二六日までの間に全員組合を脱退し、別個に日本鉄工千葉工場労働組合(以下千葉労組と略称)を結成し、爾来両組合が対立していたところ

第一、被告人辻本は

一、昭和四〇年三月一日午前七時頃、本社東門保安室前で、千葉労組書記長である鈴木昭一(当三三年)が、千葉労組結成の経緯並びにかねて組合執行部が千葉工場勤務の組合員を中傷したことを反駁する内容を記載したビラを本社勤務の従業員に配布するため従業員出勤カードラックに差し入れているのを目撃して激昂し、「犬め、何しにきた。」等と怒号し、背後から手で同人の左肩を掴んで引張り、あるいは左肘で同人の胸を突く等し

二、同日午前七時二〇分頃、本社東門付近で、右鈴木が、折柄出勤してきた従業員に右ビラを配布しているのをみて激昂し、右手で同人の胸部を二、三回突き、さらに同人が右東門内側に待機駐車させていたタクシーに乗車して社外に退去しようとするや、「逃げようと思つても逃がさんぞ。組合事務所までこい。」といつて背後から手で同人の首筋および右手首を掴み、そのまま、同人を近くの組合事務所に押し込み

三、同日午前七時三〇分頃、右鈴木が隙をみて組合事務所から逃れ出て、右二記載の駐車中のタクシーに乗車したので、「おい逃げる気か。待て。」といつて同車の客席のドアを開け、手で同人の右手首並びに襟首を掴んで車外に引きづり出した上、右腕で同人の左腕を抱え、そのまま同人を再び右組合事務所に押し込み

もつてそれぞれ暴行を加え

第二、被告人辻本および同岡崎は、同日午後一時三〇分頃、右鈴木が本社構外に退去する目的で、本社正門に向けて歩行していた際、同人をして前記ビラの記載内容を取消す旨の書面を作成させるため、強いて同人を組合事務所まで連行しようと企て、共謀の上、本社内第二事務室北側入口付近で同人の前に立塞がり、各自片腕で左右から同人の両腕を強くかかえ込み、右鈴木が「手を離してくれ」と要求したのにこれを拒否して同人の身体を強く引張る、押す等の暴行を加え、さらに「俺たちは命をかけてやつているのだ。お前を帰さんためにここまで来ているのだ。このままでは帰さん。組合事務所に来て、一筆書いたら帰れ。」等と申し向けて同人を脅迫し、同人の身体、行動の自由を制圧しながら、同人を同所付近から会社正門手前を経て職員更衣室前にいたる約一六〇米を約二〇数分間にわたり連行し、もつて同人を不法に逮捕し

たものである。」(第一の事実は暴行、刑法二〇八条、第二の事実は逮捕、刑法二二〇条一項)というにある。

二、第一審判決の要旨

大阪地方裁判所は、右公訴事実の第一の一ないし三については、ほぼ全面的に認めた上、右各行為を包括して一個の暴行罪の構成要件に該当するものと判断し、公訴事実の第二については、前記会社正門付近から職員更衣室北側に至るまでの約六〇米約一五分間にわたる連行が逮捕罪の構成要件に該当すると認定した上、被告人辻本の暴行は、その態様が粗暴かつ執拗であり、動機が組合の団結権の擁護に出たものであつても被害者の身体に対する侵害と比較して均衡を失し限度を超えたものであり、被告人両名の逮捕については、被害者に対し、その配布しようとしたビラの内容の取消を要求する目的自体正当性に乏しく、行為としても相当でなく法益の均衡もないものであり、いずれの行為も全法律秩序の精神から是認し得ず実質的違法性を有するとして有罪を言渡した。

三、被告人控訴の理由要旨

右第一審判決に対し、被告人から同判決は事実を誤認しているばかりでなく法令の解釈適用にも誤りがあり、その誤りはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるとして控訴した。

四、原判決の要旨

大阪高等裁判所第二刑事部は、審理の結果、一審判決の各認定事実およびこれに関する構成要件上の評価には、少しも誤りがあつたということはできないとしながら、「本件の事態は、本社組合、千葉工場従業員および会社側の三者間における互に自己の立場を有利に導こうとする意図と虚実を交じえた折衝のもつれから生じた内部紛争とみるべきものであつて」、「対立意識をはらんだ労使間又は組合内部における折衝の場面に臨んで、自己の主張を貫こうとする意図のままに、相手方に対してきわめて軽少な有形力の行使を生ずる事態は、すでに多くの組合活動にからむ紛争において慣行化され、法秩序により許容された限界を著しく逸脱しないかぎり刑罰法上の問題を生ずるものでないとする点は、いまや一般の理解に達しているもつのと考えてさしつかえない。」との独自の前提に立つた上、本件被告人らの行為は「組合の内部の分裂を防ぎ、その団結を固めようとする気持から発した」もので行為態様も、被害者自身の動きに呼応して「その行動を阻止しようとする態様をもつて行なわれたものであつて、同人の身体や行動の自由を直接の侵害目標に定め、積極的にこれに打撃を加え又は拘束を与えたという性質のものでなく」、被害の程度も、「鈴木においても、被告人らの行為によつて個々の行動につき当面の支障をきたしたことがあつたとはいえ、全般にその身体および行動の自由に決定的な影響を受けたものとは認められない」等と判示し、「その目的、態様、被害の程度、これと被告人らが保護しようとした組合の利益との比較権衡および本件の背景をなしている各事情から実質的に考察する場合には、その違法の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪行為とはみなしがたく」、罪とならない行為であるとして一審判決を破棄し無罪を言渡した。

五、上告申立の趣旨

しかしながら、原判決は以下詳述するとおり、憲法二八条の解釈を誤り、かつ、最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例と相反する判断をなし、また、刑法二〇八条、二二〇条ならびに違法性阻却事由に関する同法三五条ないし三七条の解釈と適用に重大な誤りを犯しているものであり、右はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、右の法令解釈適用の誤りは原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、刑事訴訟法四〇五条一号ないし三号、四一〇条一項および四一一条一号により当然破棄せらるべきものと思料する。

第一点 憲法二八条の解釈の誤り

一、憲法二八条について

原判決は、被告人らの本件各行為が憲法二八条の労働基本権の行使であるかについて明言はしていないが、「少なくとも本件被告人両名の行為がいずれも本社組合の幹部として、組合の内部分裂を防ぎ、その団結を固めようとする気持から発したもので……被告人両名における各行為は、その目的、態様、被害の程度、これと被告人らが保護しようとした組合の利益との比較権衡」云々と判示している部分などからみて積極に解しているもののようである。

憲法二八条は、企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つ者の間において経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障したものにほかならないのであり、また、憲法は勤労者に対しこのような労働基本権を保障するとともにすべての国民に対し平等権、自由権、財産権等の基本的人権を保障しているのであつて、これらの基本的人権が労働基本権の無制限の行使の前に排除されることを認めているのではなく、これら諸々の基本的人権と勤労者の権利の調和をめざすもので、この調和を破らないことが労働基本権の正当性の限界であり、このことは山田鋼業事件についての最高裁昭和二五年一一月一五日大法廷判決(刑集四巻一一号二、二五七頁)の明示するところである。また、東洋時計事件についての最高裁昭和二九年四月七日大法廷判決(刑集八巻四号四一五頁)の判示しているとおり、「憲法二八の保障する団結権、団体行動権といえども一定の限界を有し……他人に暴行を加え又は他人を脅迫するが如き行為は右の限界を超えたものであつて、団結権、団体行動権の正当な行使ということはできない違法な行為であることは論のないところ」であるから、このような暴力の行使が憲法の保障する労働基本権の範囲外にあることは明白であり、労働組合法一条二項但書の「いかなる場合においても暴力の行使は労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」の文言は当然のことを注意的に規定したに過ぎないのである。

これらのことは、その他多数の最高裁の判例も明示しているところである。

たとえば、団体交渉の要求あるいは継続を求めるための行為であつても、組合員らが相手方の手や服をつかんで引張つたり、あるいは相手方のみぞおちを突くなどの暴行を加えたのは憲法の保障する団体行動の限界を越えるものと判示している(大阪此花税務署事件についての最高裁昭和四二年六月一三日第三小法廷判決、最高裁裁判集刑事一六三号五二一頁。猪苗代営林署事件についての最高裁昭和四一年一二月二三日第二小法廷判決、判例総覧刑事篇二八巻五八一頁。)

また、労働組合の構成員に対する統制権であつても、組合の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきもので勧告または説得の域を超えて行使することの許されないことは、三井美唄炭鉱労組事件についての最高裁昭和四三年一二月四日大法廷判決(刑集二二巻一三号一、四二五頁)の判示するところである。

なお、日本フアックス事件についての東京高裁昭和四五年三月二四日判決(昭和四三年(う)七九四号、判例集不登載)は、「暴力は主として人の生命、身体の自由、安全を侵すことになるのであるから、これらの法益の保障は結局あらゆる他の基本的人権の保障の基礎をなすものとして労働権の行使といえどもこれらを侵すことは許されず、争議行為として暴行罪および脅迫罪に該当する行為が行なわれた場合には刑法三五条により違法性を阻却されるとして刑事免責を受ける余地が存しない。」と判示し、暴力の行使の許されないことを強調している。

二、原判決の憲法二八条の解釈の誤りについて

原判決は、前掲のごとく「対立意識をはらんだ労使間又は組合内部における折衝の場面に臨んで自己の主張を貫こうとする意図のままに、相手方に対し、きわめて軽少な有形力の行使を生ずる事態は、すでに多くの組合活動にからむ紛争において慣行化され、法秩序により許容された限界を著しく逸脱しないかぎり刑罰法上の問題を生ずるものではないとする点は、いまや一般の理解に達しているものと考えてさしつかえない。」との前提に立つて本件犯罪の成否を考察している。

しかし、組合活動にからむ紛争において、たとえ軽少にせよ相手方に対する有形力の行使が慣行化されているとみることは全くの誤りであり、また、組合活動であれば法秩序の限界を著しく逸脱しないかぎり刑罰法上の問題を生ずるものでないことが一般の理解に達しているとの点もはなはだしい独断であつて謬見である。

被告人らの本件有形力の行使が、刑法上暴行および逮捕の各罪に定める構成要件に該当することは原判決も肯認するところであるが、本件有形力の行使がいずれも典型的な暴力の行使であることは明白であつて、かかる暴力の行使は上述のとおり憲法二八条の保障する労働基本権の範囲外にあり、労働組合法一条二項の保護を受けないこともまた明らかである。

しかるに、原判決が被告人両名の本件各所為について、暴行罪および逮捕罪の各構成要件に該当するとしながら犯罪の成立を否定したのは、憲法二八条の労働基本権保障の範囲を不当に拡大して、その解釈適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは当然であるから破棄されるべきものと思料する。

第二点 判例違反

原判決が、被告人両名の本件各所為につき、その目的、行為態様、被害の程度、法益の比較権衡等各種の事情から実質的に考察する場合には、その違法の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪行為とはみなしがたい旨判断して、刑法二〇八条、二二〇条を適用しなかつたことは、下記の最高裁判所、大審院および高等裁判所の各判例と相反する判断をしたものである。

一、最高裁判所、大審院および高等裁判所の判例について

1 大審院の判例

日光鉱山争議事件についての大審院昭和八年四月一五日判決(大審院刑集一二巻五号四二七頁)は、争議中使用者側の者が連絡のため電車に搭乗しようとするのを阻止するため労働者側においてその被服をつかんで引張り、あるいは被害者を数人で取り囲んだ事案について

刑法二〇八条にいわゆる暴行とは人の身体に対する不法なる一切の攻撃方法を包含し、その暴行が性質上傷害の結果を惹起すべきものなることを要するものにあらず、しかして人が電車に塔乗せんとするに当り、不法にもその被服を掴みて引張り、あるいはこれを取り囲みて身体の自由を拘束し、その電車に塔乗するを妨ぐるがごときは人の身体に対する不法なる攻撃に外ならざるをもつて、原判決が暴行罪をもつて処断したるは正当

なる旨判示している。

右の事案は、被害者が話合いの場から逃避するものと判断した加害者らが、これを阻止しようとして暴行に及んだものであるが、その態度は積極的かつ攻撃的なものではなく、本件事案における暴行の態様および被害の程度が右判例におけるそれより軽少であるとは到底考えられず、さらに事犯の動機、目的等を考慮に入れ実質的に考察してみても同様である。

2 最高裁判所および高等裁判所の判例

(一) 福島県教組事件についての最高裁昭和三七年一月二三日第三小法廷判決(刑事一六巻一号一一頁)は、教職員組合の勤評闘争中、同組合の役員を右闘争に非協力的な組合員を教室から連れ出そうとして、強いてその手首を掴み、その場に倒れた同組合員の手を掴んだまま廊下に連れ出し、さらに約六米隔つた同校資料室まで連行した事案について

右のごとき暴行は社会通念上許された範囲を逸脱するものであつて、「たとえ右組合の団結統制力の行使としてなされたものであつてもこれを正当な行為であるとはいえない。」

と判示し、公務執行妨害罪の成立を認めている。

右事件の動機、目的は、組合大会で正式に決定された前記闘争に参加することを肯えんじなかつた組合員に対する詰問ないし説得のためのもので、原判決が本件被告人両名の行為態様として説示するように、被害者の身体や行動の自由を直接の侵害目標に定め、積極的にこれに打撃を加え、または拘束を与えたという性質のものでないことが明らかな事案である。

(二) 大宮ろう学校事件についての東京高裁昭和三七年七月二二日判決(下刑集六巻七・八号八〇三頁)は、組合側の団体交渉に応じないで帰宅しようとした校長の背後から両腕を掴んで引張り、前から背広前襟を掴んで、一、二度ゆさぶつて暴行を加えたが、その動機、目的は団体交渉に応ずるよう引きとめるためのもので、前記福島県教組事件と同様被害者の身体や行動の自由を直接の侵害目標とした態様のものとは認められない事案につき

「校長に対し団体交渉をする必要が急に迫つていたこと、従来校長が不当に団体交渉を拒否していたこと等の事情があり、当日の被告人の暴行の目的が校長をして団体交渉に応ずるよう引きとめるためのみのものであつたとしても、本件のような暴力の行使が団体交渉のためには社会通念上許容される程度のものであるとして違法性を阻却されるいわれは毫もあり得ない。」

と判示して暴行罪の成立を認め、最高裁昭和四〇年一〇月二九日第二小法廷決定(昭和四〇年(あ)二〇七号、判例集不登載)も右判決を正当として支持している。

(三) 久留米郵便局事件についての福岡高裁昭和四四年一一月七日判決(昭和四四年(う)三八八号、判例集不登載)は、全郵政労組の組合員が足を踏ん張つて同行を拒む全逓労組の組合員の手を掴み約三米引張つた事案について

暴行罪における暴行とは人の身体に対する有形力の行使であつて、その攻撃方法は殴る蹴るだけの定型的暴行のみに限定されるものではなく、前示の如く相当の力をこめて人の手を引張ることも暴行罪の暴行に該当するものと解すべきである。

本件は、暴言をはいた被害者を謝らせるため階上へ連れて行こうとして、同人が拒むのを無理に引張る所為に及んだものであり、結果においても痛みを憶えて治療を要した程の引張り方であつたことに徴し、その実質的違法性が構成要件該当性を欠くほど微弱なものであつたとは言いがたく、明らかに不法な有形力の行使というべきであつて、いわゆる可罰的違法性を欠くものとは到底解されない。

暴行の動機が謝罪させることにあつたとしても、相手の身体に腕力を加えることを認識しながら、あえて該所為に及ぶものである限り暴行の故意を是認するに十分である。

旨判示している(最高裁昭和四五年二月一二日第一小法廷上告棄却決定)。

(四) 箱根登山争議事件についての東京高裁昭和四二年九月一九日判決(確定、昭和四二年(う)一六二号、判例集不登載)は、第一組合員が争議中同組合を脱退して第二組合に加入した者に対し、第二組合加入を難詰して身体にいかなる危害をも加えかねない脅迫的言辞を弄した上、付近の金網に押付け平手で顔面を殴打する等の暴行を加え、さらに第二組合の役員から前記の暴行を難詰されるや両手で同人の頸部を殴打した事案について

組合活動としての説得行為も、労働組合が団結の利益を説き、或いは団結の威力を誇示することによつて、組合所属の個々の労働者に対して心理的な圧力を及ぼし、自己所属組合への参加若しくは協力を決意させる限りにおいては正当であるけれども、平和的説得でなく、右の如く、有形力を用いて労働者個人の自由意思を拘束するが如きは到底正当な組合活動とは認められず、右各行為は労働組合法一条二項(刑法三五条)を適用する余地はない。

旨判示している。

(五) 静岡市教組事件についての東京高裁昭和四三年三月二日判決(判例集不登載)は、同教組執行委員長が同組合の決定した半日一斉休暇闘争に消極的な態度をとつていた同組合分会長を難詰して同人の顔面を一回殴打し、また腹部を数回手拳で突いた事案について

かかる行為に出た被告人の動機の点は情状として考慮されるのは格別、本件各行為はかりに組合の統制権の発動とみてもその正当性の限界を超えていることは明白であり、実質的違法性または可罰的違法性ないし不法性を欠くとか、刑罰を課するに値しないとか、正当行為であるとか、期待可能性を欠くものとして暴行罪の成立を阻却すべきものとは認めることができない。

旨判示し、最高裁昭和四五年二月二四日第三小法廷判決(最高裁裁判集刑事一七五号一五三頁)もこれを支持している。

右最高裁判所および高等裁判所の各判例の事案を本件事案と比較するときは、暴行の程度ないしはその結果としての法益侵害の程度においても被告人両名の本件事案におけるそれより重大とは認めがたい。さらに上述したところによつて明らかなように、右各判例の事案は動機、目的、行為の態様、法益の権衡等諸般の事情を検討しても、本件事案より違法性が強度であるとはいいがたいのであるが、右判例はいずれも事案を実質的に考察した上、当該有形力の行使をもつて社会通念上許された範囲を逸脱し、違法性は阻却されないとか、正当な組合活動と認められないとか、あるいは実質的違法性ないし可罰的違法性を欠くものとは認められないとして公務執行妨害罪ないし暴行罪の成立を肯定しているのである。

二、原判決の判断が前掲各判例と相反することについて

前掲の各判例に従えば、本件暴行の所為につき、かりに原判決指摘のごとく「目的、態様、被害の程度、これと被告人らが保護しようとした組合の利益との比較権衡および本件の背景」等を実質的に考察しても暴行罪の成立が優に肯定されるのである。また、本件の逮捕の所為は、暴行を手段として行なわれたもので、その被害も大きく違法性も強度であるから前掲各判例によれば、当然逮捕罪の成立が肯認されるのである。

しかるに原判決が、被告人両名の本件各所為について「各事情から実質的に考察する場合にはその違法の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪行為とはみなしがたい」として暴行罪および逮捕罪の罪責を否定したことは、前掲各判例と相反する判断をしたものであつて、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は当然破棄せらるべきものである。

第三点 法令違反

原判決は、刑法二〇八条、二二〇条および違法阻却事由に関する同法三五条ないし三七条の解釈適用を誤つた法令違反が存する。

一、原判決の可罰性に関する判断の誤りについて

1 原判決は、前記のごとく本件各行為は積極かつ攻撃的なものでなく被害者において全般にその身体および行動の自由に決定的な影響を受けたものとは認められない旨述べ、本件被害が軽微であることを判示した上、犯罪の目的、態様、法益の比較衡量およびその他の事情を勘案して被告人らの本件各所為をその違法の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪行為とはみなしがたいとして犯罪の成立を否定したことは判文自体により明らかである。

しかしながら違法行為の結果としての法益侵害の程度がいかに軽微とはいえ、またその犯罪の動機、目的に酌むべき点があり、その手段方法がさほど積極かつ攻撃的なものでないとしても、いやしくも当該行為が構成要件に該当する以上、刑法所定の違法性を阻却する事由がないかぎりそれだけではその可罰性を否定すべきでないことは実定法の解釈上当然のことに属する。

しかして、被告人らの本件各所為が刑法二〇八条、二二〇条の構成要件に該当することは明白で原判決もこれを肯認するところであり、従つてその罪責を否定するがためには刑法三五条ないし三七条の掲げる事由の存否を検討すべきであるが、本件各行為が刑法三五条前段の法令による行為、同法三六条の正当防衛、同法三七条の緊急避難に該当しないことは明らかである。弁護人は、同法三五条後段のいわゆる正当行為に該当する旨の主張もしているが、その行為が社会通念上許容される限度を超えたものであるときは正当行為にあたるとする余地がないと解すべきであり(日共党員の公安調査官逮捕監禁事件についての最高裁昭和三六年九月一四日第一小法廷判決、刑集一五巻八号一、三四八頁および舞鶴事件についての最高裁昭和三九年一二月三日第二小法廷決定、刑集一八巻一〇号六九八頁)、被告人らの本件各行為が社会通念上許容された限度を超えるものであることは後記のごとく明らかである。

従つて、本件各行為が刑法三五条ないし三七条のいずれにも該当しないことは明瞭である。

2 原判決は、各行為の形象が一応外形的に違法類型としての各罪の構成要件に該当する場合であつても、動機、目的、行為の態様、被害の程度および法益の権衡等の諸点からみて、当該行為が法秩序維持の上で許容されるべき限度を越え、その違法の程度において可罰性を帯有するにいたつているかどうかの点にまで、さらに実質的な考察を進めなければならないものと考えられる、との前提に立つて、一審判決の「各認定事実およびこれらに関する構成要件上の評価には、少しも誤りがあつたものということはできない。」としながら前述のごとく諸般の事情を勘案して「違法の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪行為とはみなしがたい」と判示している。

その意味するところはきわめて理解しがたいところであるが、原判決の右のごとき見解は、明確なるべき構成要件に被害法益の大小、動機の如何ないし行為の相当性というがごとき不明確な要素を導入して、犯罪を類型的に確定するという構成要件の本質的機能を無視することとなり、あるいは法が違法阻却事由として厳格に規定している刑法三五条ないし三七条の規定を逸脱し、超法規的に違法阻却事由を設定して法益侵害の軽微や動機の憫諒すべきことをもつて違法阻却事由に取り入れるものであつて、かくては不明確であいまいな基準に基づく主観的判断を許し、刑法秩序の弛緩を招き、法的安定性を損うこととなるものであり、ひいては罪刑法定主義の趣旨にももとることとなつて、実定法の解釈としては到底容認しえないものである。

3 かりに、刑法所定の違法阻却事由とは別に、違法性を阻却すべき場合のあることを認容するとしても、刑法が緊急やむを得ない特殊例外の場合として明定している正当防衛、緊急避難の場合においてすら、防衛または避難行為が違法性を阻却されるには、その行為が真にやむを得ざるに出でたることを要するなどきわめて厳格な要件を定めていることにかんがみ、みだりに違法性阻却の要件を緩めるべきではなく、刑法の規定するところと同等もしくは、それより一層厳格な要件の下にこれを認むべきことが実定法解釈の根本原理であるといわなければならない(舞鶴事件についての東京高裁昭和三五年一二月二七日判決、刑集一八巻一〇号九〇九頁)

このような見地から、原判決のように構成要件に該当する行為について可罰性を否定する場合があるとしても、それはきわめて特殊例外の場合に限られるべきことは当然であつて、その判断基準として被害法益の軽微、動機目的の正当性、手段の相当性等が考慮されなければならないのはもち論、その運用は慎重のうえにも慎重を期し、かりそめにも恣意的な判断に流れて、法秩序全体の精神に背馳する結果をきたすことがないように厳に戒心すべきものであることは論をまたない(大蔵省前坐り込み事件についての東京高裁昭和四四年一二月二二日判決、判例時報時五八九号八六頁)。

しかるに原判決は、前述のごとく本件各行為が外形上暴行または逮捕の各罪に定める構成要件に該当することを肯認しながら、行為の目的、態様、被告の程度、法益の権衡および背景等いわば犯罪の情状に属する諸点に関する判断を誤つて可罰的違法性を否定したものであり、これは刑法二〇八条、二二〇条の解釈を誤り、あるいは刑法上の違法阻却事由を不当に拡大するものであつて、その判断は誤りというほかない。

二、本件は可罰性が否定されるべき事案ではないことについて

かりに、右一所掲の原判決の法令解釈を容認するとしても、本件各行為は、原判決のいうごとくには法益侵害の程度が軽微なものでなく、また、その動機も憫諒すべき点はなく、その目的も正当性が認められないのみならず、手段の相当性の観点からも被告人らの各所為は社会通念上許容される限度を遙かに超えるものであつて、可罰性を否定すべき合理的理由は全く存しない。

以下にその理由を述べる。

1 被害法益について

原判決は、鈴木の被害全般について、「鈴木においても、被告人らの行為によつて個々の行動につき当面の支障をきたしたことがあつたとはいえ、全般にその身体および行動の自由に決定的な影響を受けたものとは認められず、機会があれば従前の行動を継続しようとする企図と態度を終始維持していた状況をうかがうことができるのである。」

と判示している。

(一) しかし、被告人らの行為によつて鈴木の行動に当面の支障をきたしたことは原判決も認めるところであるし、暴行罪等が可罰性を帯有するには全般に身体および行動の自由に決定的な影響を与える必要のないことはいうまでもないところである。

しかも、被告人辻本の暴行は、原判決認定の事実自体からしても粗暴かつ執拗であり、これによる鈴木の被害が軽少であつたとはいいがたいのである。とくに、鈴木が午前七時三〇分頃自動車に乗つたのを引きづり出されて組合事務所に強いて連行されてからは午前一一時頃までの長時間同被告人をはじめとする本社組合役員によつて難詰、罵倒されたものであつて、肉体的苦痛はもち論、精神的苦痛もきわめて大きかつたことは、原判決認定の事実自体からも優に認められる。

被告人両名の逮捕行為は、結果として時間的には約一五分間に止まつているが、その間鈴木は原判決認定のように被告人両名に両腕を抱えられ身体、行動の自由を奪われたまま連行されていたのである。逮捕行為が前記時間内ですんだのは、会社側の者が鈴木の身を案じパトカーを呼んだからであり、被告人両名が会社側の再三の制止を無視し逮捕行為を継続していたこと(大橋登証言、記録一七八丁ないし一九一丁。横井恒証言、記録二六八丁ないし二七三丁)からしてパトカーが来なければ、当然鈴木はそのままの状態で組合事務所に強いて連行されていたものと考えられる。原判決認定のごとく、当日早朝からの被告人辻本の暴行、組合事務所における面罵、難詰、謝罪文の作成、取消文要求等に加え本件不当逮捕によつて鈴木は疲労の極に陥つているのである(前記大橋の証言、記録一九二丁)。

原判決は、単に本件暴行および逮捕が行なわれた場面のみを局部的にみて被害の程度を論じているが、かかる考察は不十分かつ誤りであつて、前述のごとく、被告人らによる本件暴行および逮捕の行なわれた前後の状況をも考察の対象に加え全体的な状況からして鈴木の受けた被害の程度を考察すべきである。

(二) 右のごとく鈴木個人の身体および行動の自由のみを取り上げてもその被害は決して軽微ではない。しかし、本件は千葉労組に対する被害も無視することはできない。千葉労組も後記のとおり労働者が自主的に結成した組合で当然団結権擁護のための行動をとり得るのである。本社組合の中傷に対し千葉労組がその誤りを指摘し真相を明らかにすることを決し、その意を受けた鈴木においてビラBを配布した行為は、千葉労組の正当な労働基本権の行使であり、これに対し原判決認定のごとき暴力を行使するのは明らかに団結権の不当な侵害である。

2 動機と目的の正当性の有無について

(一) 原判決は、「本件被告人両名の行為がいずれも本社組合の幹部として、組合の内部分裂を防ぎ、その団結を固めようとする気持から発したもので」あり、その行為の目的も団結権擁護にあつて、正当であるごとく判示している。

しかしながら、原判決も認定しているように、千葉工場従業員は本社組合に対する不満等から自発的、主体的に同組合を脱退して新たに千葉労組を結成したものであつて、この間会社側の介入や一部千葉従業員による分裂工作等の証跡は存しないのである。また、一審判決が詳細に認定しているように、本件ビラBについては、本社組合執行部が確たる証拠もないのに(東上通雄証言、記録一、〇三二丁ないし一、〇三五丁)千葉労組員をはなはだしく中傷するビラAを従業員に配布したので、千葉労組ではこれを反駁するビラBを本社組合員に配布することにし、鈴木においてこれを配布したもので、その内容は組合脱退にいたるまでの真相説明が主眼で、本社組合の切り崩しを図るなどの意図は全くなかつたことは文面上からしても明瞭である。原判決も「ビラBの配布行為を目して、一がいに会社側の策謀に躍らされた結果であるとし、組合の分裂をはかる反憲法的裏切行為と断ずることは、少しく偏りすぎた見解としてのそしりを免れないものと考えられる。」と判示している次第である。

(二) 右のごとく千葉労組の結成には何ら不当視されるべき点はなく、また、ビラBの配布も本社組合の中傷ないし切り崩しを策したものではないのに、被告人辻本は、本社組合脱退者の一員としての鈴木に対する憤激の情もあつて、何ら事態を確めることなく本件暴行に及んだもので(同被告人の検察官に対する供述、記録一、二五二丁、一、二五三丁)、その動機に憫諒すべき点はない。

右のごとく鈴木のビラ配布は本社組合の団結権の問題とはかかわりがないのであるから、かりに、同被告人において右のビラ配布の阻止を団結権擁護のためであると誤解しても、誤解の故をもつて、その目的が正当化されるいわれはない。また、一審判決認定のごとく、同被告人は鈴木に対し「犬め」等のひぼうの言辞を浴びせ、さらに同人を強いて組合事務所内に連れ込み、同被告人ら多数の組合員において同人を激しく難詰かつ罵倒したこと(鈴木の証言、記録五〇八丁ないし五二五丁)などに徴すれば、千葉労組員に対する反感によるものとも認められ、いずれにしても被告人辻本の暴行の所為はその目的において到底正当とはいい得ない。

(三) 被告人両名の逮捕行為の目的は、直接には鈴木に対しビラBの記載内容の取消文の作成を求めることにあつたことは明らかである。一審判決が詳細に説示している(記録一、四四七丁、一、四四八丁)ように、もともと千葉労組の総意によつて作成された右ビラを配布に来た鈴木に対し取消文の作成を求めること自体不当であり、しかも取消を拒否していた同人に対し二時間近くにも及ぶ長時間にわたつて取消を要求した(鈴木の証言、記録五二九丁ないし五三五丁。被告人辻本の検察官に対する供述、記録一、二七二丁ないし一、二七八丁)後において、被告人両名はさらに執拗にも取消文の作成を要求しようとして逮捕行為に及んだものである。かりに、団結権擁護の意図としても、右ビラに対処するには他にとるべき方法はあつた筈であるのに、被告人らは執拗に全面的取消を鈴木に押し付けようとしたもので、その動機に憫諒すべき点は全くなく、いかなる点からみても目的自体において正当性は認められない。

3 手段の相当性の有無について

(一) 原判決は、前記のごとく団結権擁護の「動機と目的に基づき、相手方鈴木自身の動きにつれ、それに呼応して、その行動を阻止しようとする態様をもつて行なわれたものであつて、同人の身体や行動の自由を直接の侵害目標に定め、積極的にこれに打撃を加え又は拘束を与えたという性質のものではなく、」と説示して、手段も相当性を欠いていないもののごとく判示している。

しかしながら、原判決認定の被告人らの各行為は、まさに鈴木の身体、行動の自由を直接の侵害目標として積極的に打撃、拘束を加えたものにほかならない。

もともと鈴木のビラ配布行為に対しては、一審判決も説示している(記録一、四四五丁、一、四四六丁)ように、説得によつて中断させるよう努めるべきであり、また、その余裕も十分あつた情況である。しかも、鈴木が「自分達の真相を聞いてくれ」といつて事情を説明しようとする態度を示しているのに、同被告人はこれを一蹴して罵倒の上暴行を加える(鈴木の証言、記録五〇七丁ないし五一〇丁)など、当初から説得する姿勢に著しく欠けていたのであつて、このことは鈴木をしてひたすら逃げようとする態度をとらせたことによつても優に認められるところである。

原判決は、前記のごとく、鈴木の「行動を阻止しようとする態度をもつて行なわれた」というが、被告人らがかかる行動に出なければならぬ程の緊急性は全くなく、一審判決が特に指摘するような粗暴かつ執拗な暴行を繰り返し、さらには逮捕するなどの行為が、その手段態様において相当性を有するものとは到底認められず、社会通念上許容される限度を遙かに超える不法なものである。

(二) 原判決は、右暴行および逮捕の各行為について、被害の程度と被告人らが保護しようとした組合の利益との比較権衡をも可罰性の有無を判断する事情として掲記しているが、前述のごとく、鈴木のビラ配布は何ら本社組合の団結権を侵害するものでないから、被告人らが保護しなければならない組合の利益は存しない。従つて、本件各所為には法益権衡の問題の生ずる余地はないのである。

以上述べたように、被告人両名の各所為は、いずれも法益侵害の程度が決して軽微とはいえず、また、その動機にも酌むべき点はなく、目的の正当性もなく、手段の相当性を欠いていることに徴すれば、社会通念上許容される範囲を遙かに逸脱し強度の違法性を具備することは明白であつて、可罰性を否定すべき合理的理由はどこにも見出し得ないのである。

以上詳述したとおり、原判決が本件各所為をその違法の程度において可罰性を帯有するにいたるまでの犯罪とはみなしがたいと判断して犯罪の成立を否定したことは、いかなる観点からも誤りであり、原判決は、窮極において刑法二〇八条、二二〇条および違法阻却事由に関する同法三五条ないし三七条の解釈を誤つた違法があるというほかなく、右法令の解釈適用の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

結語

以上いずれの点よりするも原判決は破棄を免れないものと思料する。

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